ちゃが一番ちゅき
そう言ってくれたお前を
私は今でも手放せない。
今日はとても日差しが暖かいので、きょーや君を連れていつものように土手を散歩することにした。
可愛い小さなきょーや君はまだ一人で歩くのは危なっかしく、ポテポテしている。
転ばないように二人で手を繋いで、たくさん話しなが ら歩く。
土手には、チラホラと犬を散歩させている人がいた。
道の両端にはたくさんのコスモス。 私達はそのコスモスの道をリズムよく歩く。
「きょーや君の好きな色はなんですかー?」
「あお、あおがしゅき」
「いっつも青か黒だもんね。じゃ次食べ物。きょーや君は食べ物で何が一番好きですかー?」
「ベーコンとぉ…シャイコロシュテーキがちゅき」
「お肉ばっかりですねぇ、それじゃ嫌いなものは何ですかー?」
「……。にんじん、ピーマン、グイーンピーシュ、…トマト、レタシュ、きゅうい、…あかいのとみどいのぜんぶきやい」
「そんなんじゃ大きくなれませんよーちっちゃいきょーや君」
「 ちゃもちっちゃいよ」
「そらそうだ、私たちまだ子どもだものねぇ」
ふーん、子どもなのねぇ、ときょーや君が真似したかのように繰り返して言う 。
可愛いなぁ、私は世界で一番きょーや君が可愛いと思う!
コスモス綺麗だねーと話していたら、前の方から大きな黒い犬をつれたおばさんがやってきた。
きょーや君はその犬を見つけるとピタとその場で止まった。
あらら、恐いのか な。わ、わたしはちっちも、全然、全然、こわ恐くないけど。
「あらあら、お姉ちゃん、二人だけでお散歩? 弟の面倒みてあげて偉いわねぇ 」
話しかけてきた!
黒いおっきな犬がすぐ近くにいる!
私は少し足を踏ん張る。 きょーや君がぎゅうと強く手を掴むのが分かった。
私がしっかりしなければ! でも私全然偉くないよ。だって私きょーや君のこと弟して見たことないもの。
だから、私はおばさんにきょーや君は弟じゃなくてきょーや君だということを 教えてあげた。
「私の名前は です、こっちはきょーや君です」
「あらあら、躾がいいのねぇ。このワンちゃんはブルータスというのよ」
黒い犬がワンっと吠えた。私ときょーや君はびくってする。ブルータス恐い!
きょーや君はそんなブルータスをじっと見ていたのでおばさんが「触ってみる ?」て聞いてくる。
そしたらきょーや君はコクンと頷いた。ええええっきょー や君危ないよ!はらはらと、きょーや君を見る。
でも私もおっきくて黒い、で も大人しいブルータスを見ていたら触りたくなってきた。
きょーや君はゆっくり手を出すと、ブルータスの頭をなでた。ブルータスは嬉しそうにしっぽをふってる。
わ、可愛い。私もそろりと手をのばして、いっぱいなでてあげた。頭をすりよせてきて可愛い。
でも油断しすぎだったのかな。急にブル ータスが身をのりだして、前足をあげて私に乗っかろうとしてきた!
うわわっ 嘘!ひぇっっおばちゃんもびっくりしたのかすぐにブルータスを止めようとしたけれど
それよりも先に「ブルータスおしゅわり!!」という声が聞こえた 。
ブルータスはすぐにちょこんと座る。
「あ、あら…まぁ、きょうや君すごいわね、ブルータスがちゃんということ聞いたわ」
「びびびっくりした…」
「ごめんね ちゃん、この子遊びたくて仕方がなかったみたい」
私はまた犬に襲いかかられたら恐いのでもうナデナデしないけれど、きょーや君はしばらくブルータスの頭をナデナデしていた。
ブルータスも気持ち良さそうだった。
「お前すごいねぇ…ブルータス、恐くなかったの?」
おばさんと分かれ、またコスモスの道を歩いている時にきょーや君に聞いてみた。
きょーや君は頭をプルプル振った。恐くなかったらしい。やせ我慢かなぁ。
「お前、強いねぇ」
コクンときょーや君が頭を縦に振る。
小さなきょーや君は私が守ると思っていたのに、今回はきょーや君に助けられちゃったな。
きょーや君に「さっき守っ てくれてありがとうね」て言ったら「…うん」と小さく返事した。
「ねぇ ちゃ、さっきのちゅじゅき」
「ん?あ、うん」
きょーや君は質問応答が大好きだ。私もきょーや君のことがよく分かるので好き。
「きょーや君の好きなお菓子はなんですかー」
「おしぇんべがしゅき」
「あれ、お饅頭じゃないの?」
「しょれもちゅき」
「和菓子が大好きなんだねー渋いなぁ、じゃあ好きな動物は何ですかー?」
「ライオン!ライオンがしゅき!つおいもん、ぼくライオンになんの」
「うん、じゃ ちゃもライオンさんになってきょーや君と一緒に狩りするよ」
「かりいっぱいしゅるー」
きょーや君は嬉しそうに話しだした。あんまり笑わない子だけど声がいつもより少し弾んでいる。
「ブルータスもちゅき」
「そっかぁ」
きょーや君は好きなものがいっぱいあるんだなぁ。私はドキリとする。
きょーや君にとって私は何番目だろう?
「ねぇきょーや君、 ちゃんとブルータスどっち好き?」
「 ちゃ」
「じゃあ、 ちゃとライオンさんどっち好き?」
きょーや君は首をコテンとかしげるとうーんうーんと悩んでしまった。ちょっとショックだった。
私はとってもきょーや君が大好きだったから、ライオンなんかと並べて欲しくなかった。
勝手だけれど、私にとってきょーや君は一番だったからきょーや君にとって私も一番だと思っていたんだ。
意地悪だけれど私はきょーや君の手を離す。
きょーや君はあれ?思ってまた手を繋ごうとするけれど、さりげなく手をそらす 。
「 ちゃはねーきょーや君が世界で一番好きだよ。この手はね、世界で一番 好きな人と繋ぐことが
できるの。世界で一番 好きな人と手を繋がなきゃだめなの。分かる?」
きょーや君はじっと私を見た。
「だからね、きょーや君が世界で一番ライオンさんが好きなら、ライオンさんとお手て繋がなきゃなら
ないの。 ちゃじゃないんだよ」
「ぼく、ライオンも ちゃもしゅき」
「どっちかだけなんだよ」
ふぅんときょーや君が言う。また手をのばして私と手を繋ごうとした。
「選べないならだーめ」
私はきょーや君より先にコスモスの道をスタスタと歩く。
手を繋げなかったきょーや君は、いつもと違うことにとまどって手を持ち上げたまま、あれ、あれれといった感じにきょろきょろした。
いつもと同じコスモス、そして同じ道。違うのはこの手のぬくもり。
先に行った私をみてきょーや君がポテポテと追いかけてくる。
「 ちゃ、おててー」
と言ったので
「きょーや君はライオンさんとお手て繋ぐの」
って言ってやった。
意地悪かな。うん意地悪だ。でも私はきょーや君の一番がいい!
きょーや君はポテポテと走りながら、いつもよりちょっと高い声で私に言 った。
「やだっ ちゃと手ぇ繋ぐの!ライオンやだっ」
私はピタと止まるときょーや君が追いつくのを待った。きょーや君の目は今にも泣きそうだった。
あんな大きなブルータスを見ても気丈な子だったのに、泣きそうになっていた。
私はすごい嬉しくなって、にっこり笑った。そして軽く手を差し出す。きょーや君はそれを見るといそいそと手を繋いできた。
きゅ、と握りしめられる手が、とても暖かい…。
身体のどこかから、心かもしれないところから愛しさが水のように湧き出てくるのが分かった。
ぎゅうと手を繋いで、二人並んでコスモスが咲き誇る道を歩く。
ごめんね、きょーや君。意地悪して。困らせて。それでも私と手を繋いでくれる。
そんな優しいお前がとても大切。
「きょーや君は世界で一番誰が好きですか?」
「 ちゃ」
と、きょーや君が珍しくニッコリと笑った。
(070208)恭弥君はこうして少しずつ躾られていきます。