「会えて嬉しいよ、」
そう言って、海のように綺麗に笑った人は私に向かってきた。
さっきまで見とれていたけれど、廊下に倒れている不良たちを見て、さーと血が引いていく。
どうやら向こうも少なからず私に会うのを楽しみにしてくれていたらしいけれど、こんな状況ではもはや
会わなければ良かったと私は思い始めている。
私の後ろには、仲良くなったばかりの子たちや、クラスメイトがいた。
それに気がついたのか、恭弥君は急にムとまた元の顔に戻して、睨みながらこう言った。
「…何君たち慣れ慣れしくに近づいてるの。離れろ」
びゅっとトンファーを一振りする。
とたんに皆、叫び声をあげながら去って行ってしまった。あ、夕子ちゃん、ま、で…ちょっとショック
私も逃げたかったけれど、こんな恐い人に会ったのは初めてだったから足にうまく力が入らなかった。
私も逃げたい!でも逃げられない!
しかもいつのまにか、腕をがっしり掴まれていてただ私は心で絶叫するばかりだった。
しかし次の瞬間
「雲雀だよね?僕会えるのすごい楽しみにしていたんだよ、こっちおいで、紅茶とかいろいろあるから」
また綺麗な笑顔になってこうのたまわってくれて、わたしのいとこって二重人格なんだ!と混乱に陥ってしまった。
ずるずると引っ張られ、連れていかれた先は応接室。ここは風紀委員のアジトらしい。
ドアを開けると、ソフアーまで案内してくれて委員長自ら紅茶まで煎れてくれた。
大体、恭弥君はここで過ごしているらしくあんまり教室には行かないんだそうだ。
そして趣味は風紀を正すこと(つまり、先ほどの喧嘩のことだろう)とバイクいじり、読書も好きなんだそうだ。
さらに 好きなお菓子は、マドレーヌ、紅茶よりもコーヒー、そして実はバイク通学、最近黄色い鳥のペットもできた。
その他にもエトセトラエトセトラ…
恭弥君は一見クールなくせして、様々な情報をべらべらと喋ってくれた。意外なお人だ…
私は相づちを打つ事しかできずしばらくして、ようやく恭弥君は落ち着いたのか紅茶をゆっくり飲みだした。
やっと私が話せる。
「きょ、恭弥君はイメージと違いますね、お喋り好きなんだ」
「だからだよ。でも僕もびっくりしてる。いとこに会えたのが相当嬉しいようだ」
「うん私も、嬉しい」
けど、まさか君のような人だとは思ってもみなかった。とは口がさけてもいえない。
私の返答に気をよくしたのか恭弥君はまたにっこりした。
とっくのとうに、彼に対する恐怖心というものは消えたけれど、皆の前でのギャップが激しすぎて少しついていけてなかった。
普段からこのような態度をとっていれば、あそこまで恐がられることもないだろうに。勿体ない。
「実は小さいころから、同じ年のいとこがいると聞かされていてね」
「え、うそ」(私は知らなかったのに…)
「色んな話、聞いてた。弓道が好きなこととか本が好きなこととか。それ聞いて僕も本読み始めたし。海で泳ぐのも好きらしいね。
一時間ほどバイクを飛ばせばここにも海がある。でもそこはとても汚い。僕は汚い海しか見たことがない。沖縄の綺麗な海を
一度見てみたいと思っていたよ。…の目からみた海ってどんな感じ?」
そう言われて、遠くない海の記憶を思い出す。最後に見たのは満月の日だった。その日は風もなく、耳が痛いほど静かな夜だったことを覚えている。
この土地を離れるのが悲しくて、寂しくて、そしてこの海を見るのもしばらくないのだと思うと、さらに海は輝いて見えた。
月と星の光が海にキラキラ反射して。海と空の境目はなくなり、深い黒の中に浮かぶ二つの丸い白。
海を見つめていたら、不安だった心はいつのまにか消え、穏やかな空気が身体を包んでいた。
ふと、目の前にいる恭弥くんを見た。
「そうだね…君によく似ているよ」
「どんなところが?」
「私バカだから言葉にはできないんだけど、なんていうのかなぁ」
「インスピレーションは表現難しいよね」
「うん、恭弥君を見ていたら、そう思ったんだよ」
恭弥君はふーんと言って興味深そうに私をまじまじと見た。その目は、新しいおもちゃか何か甘いものを見つけたかのようにキラキラと輝いている。
それを見て、ああ、そうかと突然に理解した。
(恭弥君は私の大好きな海と同じものでできてるんだ)
しっくりきた。それとともに、完全にこのいとこに関する恐怖心とか、緊張とか、色んな不安な要素まで吹き飛んでいったようにも思う。
黒くキラキラした存在。それは私を穏やかにする。
「僕は君を見て」
「え、なになに?」
私も何かに似ているのかな。恭弥君の次の言葉を待つ。
「陽の光をいっぱい浴びたふかふかの真っ白いお布団を思い出したよ」
「お、おふとんん?」
素っ頓狂な声が出てしまった。出したくもなる。女の子を布団に例えるってどうなの?わたしは海って言ってあげたのに。
わたしが気に入らないと言わんばかりに複雑な顔をしていたせいだろうか、突然恭弥君は笑い出した。
「ぷ、ははっ、冗談だよ」
「ええええっ」
わたしは恭弥君が冗談言ったことの方がインパクト強くてどんな対応をとればいいのかいまいちよく分からなかった。
恭弥君がこっちをじっと見る。恭弥君は綺麗な顔をしているので、そうされるととてもドキドキしてしまい対応に困ってしまう。
おもむろに隣の空いたところをぽんぽんとするので、あ、隣に座れということかと気づき移動した。
私が物怖じしないのはまだ、彼の普段の恐ろしさをよく知らず、なのに年相応のお喋りをして笑う彼を知ってしまったからだろう。
だけど、まさか、肩に頭をコテと乗せられてては、緊張せずにはいられない。
未だかつて男子とこんなに急接近したことはないというのに。
これが噂のツンデレというやつか。ちょっと違うのか。ツンデレって何だろう。あれ、もしかしてわたし、少し、混乱してる、かも…
「…分かってると思うけど…僕の変わりぶり」
「うーん、ええまぁ、うすうすと」
「雲雀家はどうもねぇー…保守的なんだよ」
うわっあああれっ眠いのかなっ。少し間延びした声。すぐ耳の側から聞こえてドキっとした。
「と、言いますと」
「身内の結束が固い」
「それはなんとなく分かるかも…こっちに引っ越してきてからね、初めておじいちゃんに会ったよ」
恭弥くんがピクっと少し反応した。
あの人のことおじいちゃんて呼んでるんだ…さすが愛娘が産んだ孫だな。そう言った。
「駆け落ち云々の話も聞いたよ。雲雀家から嫁さらうなんて伝説だからね」
「へ、へー!(伝説て…!)」
「ま、置いといて。ほら、ライオンとかって家族単位で行動するだろう?」
「ぅん…?」
「そんな感じ」
「僕は君だけは敵にしない」
ニッコリと、極上に恭弥君が微笑む。う、わ… 心臓、跳ね上がった。
なんて嬉しいこと言ってくれるんだろう、この人は。でも私は肝心なことは忘れない。
出来上がりつつあった友情を遠ざけたのもこの人だ。これを言ったら恭弥君は怒るかもしれない。
いくら身内には優しいと言っても、敵にしないって言っても、やっぱり突き放されるかもしれない。
「恭弥君は…ほかの人と仲良くしないの?」
「僕が?はっ、想像できる?」
「あ、全然できないや」
「だろう。弱い奴は嫌いだ」
「私も弱いよ」
「は別」
「私は友達いっぱい欲しいよ」
とたんにやっぱり恭弥君はムッとして顔を挙げた。
「いらない」
「欲しいもん」
「い・ら・な・い」
「いる」
「い、…何これ、僕かっこわる…」
恭弥君は、ふぅーと息を吐いた。私はまだ、彼のことをよく知らないけれど、こうゆう恭弥君は珍しいのだろうか。
「じゃあ条件。一人まで」
「一人ぃぃぃ!?すくなっ」
「大体、そんなに群れて楽しいわけ?かみ殺す方が楽しいと僕は思うんだけど」
「私は君とは全然違うから…友達とわいわいする方が好きだよ」
「へーふーん?想像しただけで不気味だ」
そういうと恭弥君は静かになった。
何か考えているのか、私の肩に頭をのせてじーと前を見ている。
もちろんその間、私は緊張しっぱなしだ。だって男の子とこんなに近くに…しかもこんなに接触したことなんてない!
ただ、ただ、心臓の音が恭弥君に聞こえないか心配だ。私は顔を下げると恭弥君に触れてしまいそうだったので恭弥君と同じように必死に前を見ていた。
そんな感じで、緊張が頂点に達しそうな時、控え目にノックが鳴った。
あ、誰か来た。そう思って恭弥君の顔を見ると、顔つきが静かにゆっくりと変わっていくのが分かった。
さっき廊下で不良達をのしていた時の顔だ。雲雀君は身体を起こして、立ち上がるとドアの方に身体を向けた。
「…いいよ」
「失礼しま、あっ来客中でしたか」
「大丈夫。」
「あ、はい」
「これ、副委員長の草壁」
「(これって言った…)こんにちは」
「(これって言われた…)初めまして、草壁です」
「この人は知ってると思うけど、僕のいとこの雲雀だから。皆に伝えておいて」
「はい」
「よ、宜しくお願いします」
「あ、いえ、こちらこそ」
草壁さん…この人もなんてインパクトがあるんだろう。
社交辞令的な挨拶をしていたので、握手も必要かなと思い、なんとなく右手も差し出してみた。
草壁さんもそれに気がついて右手を出そうとしたが、私の手を握ったのはなぜか恭弥だった。あ、あれー…?(汗が吹き出したよ)
「で、何の用」
恭弥君は右手を離すと静かに草壁君に聞いた。草壁君は、今の意味不明な行動に驚いたのか口にくわえてた草を落としてしまっていた。
「あ、ああ、はい。あのいつもの校内見回りの時間だったので…」
「もうそんな時間か…」
「はい」
「今日はいいや、君がやっといてよ」
「えっ」
「ああのっ、恭弥君、私は気にしないで行ってきていいよ?私も授業行くし」
「あ、そう?も行きたい?じゃやっぱ行くよ」
「あれー恭弥君、私が言うこと聞いてたかなっ」
「草壁、留守番よろしくね」
「はい…」
「恭弥君…」
私は来た時と同じように、手を握られながら応接室を出るのだった。