ひばりくん ひばりくん 待って、 も行くよ 

ひばりくん ひばりくん 

 

昨日ね、こんなことあったんだよ 
  

ひばりくん ひばりくん




 昔…それは確か小学校2年生の時だったと思う。そう言っていつもぼくのあとをついてきた子がいた。
 走っても、ふりきっても、殴ってもあとをついてきて、気がついたらいつも側にいる。
 ひどく素直で、僕だけでなく時々男女問わずにからかわれていた気がする。
 なのにいつも笑顔で。馬鹿な奴だ、と僕も思っていた。


 その日もたまたまその子が廊下で男子にからかわれていた。音楽の授業が始まる前の休み時間で、笛を男子にとられたらしい。 
 とても下らないことをする。小学低学年なんてそんなもんだ。男子生徒はとられないよう笛を高々と挙げていた。
 その子が取り返そうと腕をあげると、男子生徒はもう一人の男子の方にパスをする。その間を往復する、その子はほんとにどうしようもなかった。
 しかも、困った顔をしながらそれでもニコニコしている。それがおかしいのか、嬉しいのか、ますます拍車をかけて男子はからかい続けた。

「おっまえばかなうえどんべーだなぁ!」
「この笛、 には大きすぎるんじゃねぇ?」
「うんっ にはちょっと大きい…でも それしか持ってないんだよ」

 げらげらげら。下品な笑い声が響く。
 じゃあ俺のと交換してやるよ! のくせにいっちょまえに白い笛なんて生意気だぜー!
 げらげらげら。どこから出すんだその声は。

 うざい

 僕は、僕の笛でそいつの頭を殴った。頭にはたくさんの髪の毛がある。そこにはこれまたたくさんの菌類がいて直接、笛で叩くのはためらわれたので
 袋にいれたまま殴った。これだとあんま痛くないだろう、と思った。それが少し残念。
 廊下が通れなくて僕の気分は最低。さらに最低な笑い声で追い打ち。下らないことで僕のスケジュールを狂わせないでほしい。
 音楽の時間が始まるまであと5分。今日は校歌を歌う。あと、なにか、母の日が近いから母におくる歌を練習するんだったかな。
 練習しても僕は母に全く会わないし、会えたとしても歌を歌う暇もなく去っていってしまうだろう。
 母の目の前で歌う僕。少し聞いてまたさっさと車にのる母。歌を歌いながら見送る僕。なかなか微笑ましい、姿じゃないか。
 そんな馬鹿なことを考えていたら、一発どころか僕は何発も殴っていたみたいで、男子生徒二人は顔をぐちやぐちゃにして泣いていた。
 汚いな。しまったなぁ、袋によだれとか鼻水とかついていたらどうしよう。激しく嫌だ。捨てたい。
 と袋を点検しようとしたら、二人はその隙を逃さず逃げていった。先生と叫びながら。先生に言いつけたところで、僕のこの行動は正当なものじゃないか。
 逃げてく後ろ姿を見ると、追いかけてまた殴ってみたくなるのは、何か人間の本能なのかな

 ふと顔をあげると、からかわれていたその子と目が合う。その子、 はパチリとまばたきすると、僕をじっと見た。
  の白い笛は廊下に転がっている。 拾わないのかな。そう思ってチラと笛をみてまたチラと を見る。 それでもじっとこっちを見ている。何。
 なんだろうこの無駄な時間は。そんなとろいから はいじめられるんじゃないだろうか。
 僕は嫌なら嫌ってはっきり言えばいいのにって癇に触ったからその子の頭も殴っておいた。笛をもった腕を振り上げてまっすぐ下におろす。
 
 バゴン。

 「いっ」と身体をビクリと振るわせ、目がまわったのかぐらぐらしたあと、ピタって止まってその子はまたきょとん、とした感じでこっちを見てきた。
 その時ぼくは、あ、やばいこの子、本当に何も分かっていなんじゃないか?なんかかわいそうだなぁ。このコ、こんな感じで一生生きていかなきゃいけないのか、可哀想だなぁ。
 と、めずらしく激しく同情してしまい、教えてあげることにした。

「音楽の授業が始まるまであと、一分もないよ」

 久々に優しい行動をしてあげた。すっきりした廊下を通りぬけ、僕は音楽室へ足を運ぶ。
 その時、急に後ろから笑い声が聞こえた。あははははーと。気が抜けるような、とにかく場にそぐわない、のんびりした声。
 ふりかえって見てみると、

「あはっひばりくんありがとう!」

ニコニコニコ

 と、笛をもち、こっちに歩いてくる 。何がありがとう? 何で僕の横に並ぶ ? 何で笑顔?もしかして僕が頭叩いたせい?やべー
 僕は気味悪くて、今度はほんとに力を込めてもう一発 を殴った。 いい音がする。頭が空っぽなのだろう。「ふぁ!」と奇声をもらして は笑った顔のまま失神した 。

 そして 僕は音楽室で一生懸命校歌を練習し、その日は帰宅した。




 そして次の日からなぜかその子は僕のあとを追うようになって、とても煩わしかったのを今でもよく覚えている。




「ついてこないで」
「あははは、違うよー もこっちに用があるんだよ」
「ああ、そう、男子便所に行くんだけど、そこでどんな用が?」
「ひばりくんのちんちんの大きさを計ってあげます」
「死ねよ」
「うちのねーパパのはでっかいよ!へへ」
「ねぇお願い口閉じて」
「でもねー のはちっちゃいんだよー」
「…」
「いつか大きくなるかなー」
「……イライラする…」
「そういえば今日の給食、いちごが出るんだよーっ!おっきいといいねぇ!ひばりくんはいちご好き?」
「…」フルフル
「じゃあねぇ黒糖パンは?」
「…」フルフル
「うどんと牛乳はー?」
「…」フルフル
「あははははっそしたらひばり君、きょういっぱいごはん残しちゃうねっでも が食べてあげるからね!」
「…」
、ごはん大好きだもん、ひばり君も大好きだもんねっふへへへっ」
「…」

「今日はひばりくん、 のことパコーンでしないね、どうしたの元気ないの?」
「…あたまに鍋かぶっててなんか可哀想だから」
「そうかー!あははははは!やったーひばり君からの攻撃ふせげ、げふぅっ」
「殴れるのは頭だけじゃないのに、必死で頭ばかり守る知能が可哀想なんだよ、じゃあね」


 と言っても、いつのまにか という子は側にいるのだけれども。
  という子は本当にとにかくよく喋り、よく笑う子だった。
 転んでもよく笑っていたし、からかわれてもからかわれてること自体分らなくてよく笑ってた。
 いつもあはあはと笑ってたから僕はこいつどこかおかしいんじゃないかと思った。
 何が一番おかしいって殴っても叩いても脅してもいつも僕のあとをついてくることだった。
 いつも、パカーンとかポッコーンとかいい音がするから、こいつの頭の中は脳みそ自体入っていないんだと思う。
 そのうち、習慣になってしまったせいか僕は一日に最低でも3回 を殴るのが癖になった。
 殴らないと気がすまないというか。あの音が気持ちいいというか。
 側にいるのも慣れたかもしれない。ただ静かなよりも雑音があった方が落ち着くってやつかなぁ?


 ある日、まだ僕が小学生のころ中学生に絡まれた。

 ぼくはその頃から気に要らないやつは無謀にもかみ殺してたから恨みも多かった。
 大人でも僕にはかなわなくて少し調子に乗っていた時期もあったのかもしれない。
 とにかく強くなれることが楽しくて、それが僕がやっばり子どもだった証拠なのだけど、まわりにあるものをどんどん吸収していってた。 
 でもやっぱり子どもだったわけで。20人ほどの高校生に囲まれた僕は無様に地面 に叩きのめされてしまった。
 子ども相手に20人ってどうかと思うが。滑稽だ。
 そんな態度が、相手を挑発してしまったのか、倒れているのに何度も頭を腹を腕を足を蹴られる。

 泣けよ!こいつ、生意気で仕方ねぇな。20人も必要なかったんじゃねぇ?俺ら恥ずかしー

 とか言いながら、いつか聞いた男子生徒のように、いやそれ以上に下品な笑い方をしていた。
 僕はあんまり痛みとか感じないようで、血まみれになっていく服や、周りに立つ高校生のおにーさん(なのに頭は赤ちゃん)の足の合間から見える
 風景を見ながらボーとしていた。

 いつも後をついてくる がいなくてよかったと思う。もし がきたらあっという間に気絶だろう。
 もしかするとこんな状況さえもあの子にとっては笑いの種にしかならないのかもしれない。
 叩かれて笑って、蹴られて笑って、あげくの果てにぼこぼこになった僕の顔を見て爆笑するに違いない。
  は笑い方もバリエーション豊富で大抵、あはははと笑うが本当におかしい時は色んな音がまじってまるで音の洪水のようになる 。
 照れた時はうへへ、嬉しい時はただのへへ、少し悲しい時は、ふふふっと笑う。それでもいつも表情は笑顔だった。
  の笑い方のバリエーションを数えるのも飽きたので未だ 、蹴り続ける足をみて数えてみることにした。
 死ね!という声と、たくさんの足が僕を蹴りつける音をBGMにしながら足をみる。

 いーち、にーさん、しー、ごーろく・・足と足の間から見える風景に蟻が見える。ななはちきゅー・・と思ったらテントウ虫?じゅーじゅーい…いやいやあれは人間だ。
 どんどん大きくなる、あれ、あの子って、あの子じゃないか。こっちは危ないからこっち来るなよ、と思ったのに。
 あのコは何か両手に持ってこっちに走ってやってくる。
 ああ、やっぱり馬鹿だ。 バカ だ。
 こっちくるなよ、あっちいけよ、と言いたかったのに不思議と声が出なくてびっくりした。唇に触れたらぬ るっとして、顔いっぱいに血がついているということが分かった。
 案外僕は痛めつけられていたらしい。こんな体験は初めてで貴重なので、回復したら丁寧にお返ししないといけないなと思った。
 それよりも が何かわめいてる。 あまりにもうるさくて、僕のまわりにいた高校生たちも の方を見た。
 そのおかげで空間が広がり、初めて僕は の顔をはっきりみた。てっきり大きな声で笑っているんだろうと思っていたが、予想に反して、

  は泣いていた。

 顔を真っ赤にして、鼻水まで出して、泣きじゃくっていた。大きなトンファーをふりまわしながらこっちへやってくる。
 でも、重すぎたのかトンファーにつられて が転ぶ。そうでなくとも はよく転ぶ。何もないとこでも転ぶ。
 だけどその度にいつも笑うんだ、何がおかしいのか分からないけれど、笑顔で、笑って、泣いたとこなんて、見た事がなかった。のに…
 今の の顔は涙でぐちゃぐちゃで、 今もヒバリくんヒバリくんて馬鹿の一つ覚えのように言いながら…泣いている。
 それをみて高校生のやつらは爆笑していた。 を指さして笑っている。
 何がおかしいんだ。 も、 なんで泣いてるんだ?いつもなら転んだらばかみたいに笑ってるじゃないか。なんで泣いてるんだよ。
 笑ってるのはまわりにいる頭が赤ちゃんなのに高校生っていう職業の正真正銘どうしようもないバカばっかりじゃないか。
 下品な笑い声がひびく。からかわれても笑われても、笑い返す が 、あいつらに笑われているのに泣きじゃくってる。僕の名前を言いながら。

「ひばりくん!ひっく、うえっ、ひばりくん!ひばりくん!ひばりくっ、うっえっ、ひば、ひっく!」

 それを見てやつらがまた笑う、そして が泣く。
 
 なんで泣くの。なんで泣く。やめろよ。いつもばかみたいに笑ってるじゃん。なんで、あいつらが笑って が・・


 

 なんで…泣いてんだよ



 頭のどこかの糸が、切れたような音がした。

「かみ殺す」


 僕は立ち上がって、周りにいた奴らをドンと突き飛ばすと、泣きじゃくる からトンファーを奪った。
 くるくるとまわして具合を確かめ、次の瞬間には笑うバカの腹に決めていた。
 声をあげる暇もなく、そいつはゆっくり地面に落ちていく。笑うやつはもういなかった。皆、呆然としている。
 血だらけの僕が、ふつーに立ち上がって、ふつーに歩き、ふつーだったからだ。このトンファー中々いいかもしれない。
 クルクルまわしていると、我に返ったのかトンファーをとりあげようとして何人かの男がまた襲いかかってきた。
 身長の差は、トンファーがあるから関係ない。遠心力も利用して一気に殴る。
 またぐっと力をいれ左のトンファーを勢いよくまわしたら誰かの腕にあたり、ボキって音が聞こえた。野太い、叫ぶ声が聞こえる。
 後ろから殴ろうとしたやつの腹にトンファーをえぐり込む。高さてきにも丁度いいね。
 くるくるっとまわして、殴って、右から左から、どんどんまわりのやつを殴り倒して行く。
 使っていくうちにコツを掴んで、楽しくなってきた。笑った罰だ。

「いっ、ひ…こっちくんじゃねぇよっ」

「おいどけよ邪魔だ!にげろっ」

 さっきまでげらげら笑ってたくせに今じゃまるでネズミのように固まって震えてる様が面 白くて夢中で殴り続けた。



 どれくらい時間がたったのか分からないけれど、あたりはもう夕暮れを通りこして夜になろうとしている時だった。
 気がついたら、立ってるのは僕だけで の泣き声だけが聞こえた。

「うえっ…ひぐ…ひば、ヒバリ君が怪我しちゃ…た… のせいだ…うぅぇ…ごめんね、ごめんね…うぇぇ」
「…別に。なんで君のせいになるの」
「だっだって…ひぐ… 、なんも、ヒック、できヒックなか…」
「なんて喋ってるか分んない」

 この涙は枯れないのだろうか。いつまでも泣き続ける は、笑うことを忘れてしまったのだろうか。 まるでいつもの じゃないみたいだ。
 いつもでも、同じ言葉しか繰り返さない にもイライラしてきた。
 ついでにいうと、泣いている の後ろには小さな小山ができている。
 小山なんて、幼稚園の時、一度砂場で作った以来だよ。人間で作ったのは初めてだ。
 その山となっているものの方がよっぽどひどい傷なのだが、それでもこの子は僕を見て泣くんだね。でもいい加減にしろ。
 僕の髪、服についた血もベタベタして気持ち悪い。
 自分だけのじゃなくて返り血もたくさん浴びたから気持ち悪いんだ。早く家に帰ってお風呂に入りたい。だから早く泣き止めよ。

「うぇぇぇごめんなさ」
「もういい泣くな」

カコーン

 つい癖で、また殴ってしまった。そしてトンファーで殴ったせいかいつもよりさらにいい音がする。何年たっても変わらないね。
 まぁなんにせよ は泣きやんだ。 いつかのようにキョトンとした顔で血だらけの僕をじーと見る。 
 そしたらやっぱり

「…あはっ、あはあははは」
「…だからなんで笑うの気持ち悪いな」

でもあいつらみたいにかみ殺したくなる気持ち悪さじゃない。
やっと笑った声が聞こえた。身体が軽くなった気がする。きっと緊張の糸がきれたんだろうな、僕も も。そう思った。

「ふふふっ、ひばりくん、血だらけだねぇ!トマトさんみたいだよ」
「何それ。 だって顔真っ赤だよ」
「そんじゃあ二人並んだらさくらんぼだねぇ、うはははっ」

いつものように が笑う。 えんえんと笑う。あれ、案外ぼくはこの子の笑顔けっこう好きかもしれない。
ばかみたいに笑って でも僕のために泣いて そしてまた笑う。

「ねぇ、
「ひばりくん、足下ふらふらしてるよだいじょーぶ?」
「笑った顔、ぼくけっこー好きだよ」
「この棒もまっかっかだねお掃除大変そう!」
「話聞けよばかやろう」
「うはははは」

「知ってるよーだって はひばり君のこともっと好きだからね!へへへ」

カコーン!

「けふぅっ」
「やっぱり君、イライラする。帰る」

 そう言って、 を残して僕は帰途につく。 うしろから心地よい笑い声が聞こえた。ほんとーにバカで仕方がないな。
 馬鹿な子ほど かわいい。 そう思う僕の頭の方がいかれてると思ったけれど、知らないフリをする。
 僕がいないと はなんにもできないんだから。さっきだって、僕があいつらをかみ殺さなかったら、 も痛めつけられてた。

 本当に仕方がないなぁ。

 そう仕方がないからね。






 あのむかつくやつらと同じ高校生になった今でも は相変わらず、 ドジであほでばかででもよく笑って(ちょっと可愛くて)
 よくトラブル起こして目がはなせなくなって。
 そうなった原因の一つにこの日の事件もきっと関わってるんだ。
 その日からなんか僕は に対して過保護になっていったもの。

  が笑う。

 僕が殴る。

 いい音がする。

 そしてまた が笑う。


 君が泣くのはこの時が最後だといい、

 

僕は心からそう思ったよ。






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(2007,02)
始まりました。おバカシリーズ。
あまりにもヒロインが馬鹿すぎるような…すみません