私の心が泣かない日は、ないでしょう。



























光る目。

私はターゲットの頭をみつめた。ふさふさした髪を見て、若いなあと思った。
ターゲットは一人エレベーターに乗っている。私はその上に。その、エレベーターの上に。
23F 22F 21F ピっピっピとエレベーターが下っていってるのが小さな光でわかった。
私は音もなくスルリと鉄板をはずし、飛び降りると同時に、細長い針をターゲットの頭の上から垂直に突き刺した。
同時にスッと針を抜き後に立つ。少し針から血が男のシャツに飛び跳ねて、ジワリと赤く染みついた。

ターゲットは、声を出せない。
突然のことで何が起きたのか分かっていない。脳天を貫かれたせいで身体がぐらついていた。
ふいに後ろを振り向いて私を見つけ驚いたのか目を見開いた。
私も見開いた。
目があってしまった。
ドキリと心臓がはねる。ターゲットの目がくしゃりと歪む。私の手にある長細い針を見て何かを悟ったようだった。
ターゲットはゆっくり手を胸元にはわす。

ピストル!?

思わず手の甲で男の腕をはたいたら、男はよろめいて壁にあたった。

胸元からひらりと落ちてきたのは写真だった。


ピーン


ドアが開いて、なにげなく私はその小さな箱…エレベーターから出る。
二人のサラリーマンとすれ違った。サラリーマン達はエレベーターに入っていく。 彼らは死体処理班だった。
目を見てすぐに分かった。あとは宜しく、なんてさらりと言葉が出るほど私は余裕がなかったから頭をぺこりと下げて通 り過ぎた。
後ろでドサリと男が倒れた音がした。


床には、幸せそうに笑っている二人の子どもの写真…。
めまいがして、吐き気ががこみ上げた。












依頼主に頼まれていた、ディスクを所定の場所へ送り、電話で報告をした。
また何かありましたらお気軽にどうぞ、なんて、セールスかよ!みたいなことを言って電話を切る。
うちの親父はね、接客まで厳しいの。笑っちゃう。
そのまま銀行に寄って振込金額を確かめる。確認が終了すればそれで仕事が終わり。





家に帰った私は、トイレでげーげー吐いた。吐くものなんて胃液ぐらいしかなかったけれどとても吐きたい気分だったのだ。
苦しいからポカリをぐびぐび飲んで、こみあげてくる嘔吐感と一緒にまた吐き出す。
今は昼で家にほとんど人はなく、私は暖かい日差しの中、陰をつくり、一人トイレで吐いた。
吐き気が収まると私はうがいをし、お風呂に入って身を洗う。
そして部屋に行くまでには、幾分か冷静になり今日の仕事の内容を振り返る。

それがいけないのだろう。

私の脳みそは金属になってしまったのかもしれない、と思わさせるほど頭が重かった。

一歩一歩、歩くのも重く、足は鉛でできているに違いない。

そして私の目はビー玉 。

心臓は、心臓はもしかすると動いていない…。

とても静かだったから。



私は引力に逆らうことなく、緩慢な動作でベッドに倒れた。





何も見たくなくて、かといって目をぎゅっと潰れるほどの力ももうない。






薄暗い室内、私はただひとり。












遠くで、子どもたちが遊ぶ声が聞こえた。
耳を住ませば、自動車の通る音や誰かが生活している音が聞こえる。
その音はとても安心できるものだったけれど、だからこそ私の心に傷を作った。
すごそこにある安らかな空間に私はいない。手さえも届かない。隔離されているかのようだ。


とても、泣きたいと思った。


人を殺して、平気な人間がどこにいるだろう。
だって私は普通の女の子なんだよ。恋をしている女の子なんだよ。 ぬくもりが何よりも大好きな女の子なんだよ。
もしも私が漫画のようにクールで、たくましい子だったらこんな気持ちにならないで済んだのに。
何が悲しいって私はいつか私が人殺しをすることを知っていて覚悟をしていたことだ。
いつか来るとは思っていた。
だから驚きはしなかった。ただ、どうしてこの家に私は生まれてきてしまったのだろうと無償に悲しくなる。
普通の女の子の暮らしをしたいというわけでもないけれど、やはり殺しの生活も同様に望んでなんかいないのだ。

私は恐ろしい。

人の人生を私がこの手で決めてしまった。
私は何者だろう。普通の女の子なんだよ。

本当に?



厳しい父と、家柄にしか興味のない母。
そんな二人の間に生まれた私だけれど、一度だけ笑いかけてくれたことを覚えている。
殺されそうになったことも覚えている。
私は、頭もいいわけじゃない。器量がいいわけでもない。ただ少し器用なだけで。 努力しなきゃいけない。
私が頑張らなきゃいけない。

なぜ…?

親の期待に私が答えられなきゃ、私がやらなきゃ、 こんな汚い仕事、あの子にやらせたくない。
そう、あの子を守るためだ。

「きょーやくん…」

大好きなきょーやくんのことを考える。
母さん譲りの綺麗な顔と髪をしていて、姿勢もいい。小さい頃からとくに何かを教えていたわけでもないのに私より何でもよくできた。
自慢の、子。 見つめられるとどきどきする。あの黒い瞳に私はどう映ってる?
固い、少し骨ばったあの手に触りたい、そしたらきょーやくんは握り返してくれるかな。
きょーやくんは優しいから私がわがまま言えば握り返してくれるかもしれない。
今は何をしているのかなぁ。風紀の仕事で忙しいんだろうなぁ。
もう少しで体育祭だから今日もきっとその準備や書類に追われているんだろうな。
最近のきょーやくんはとても楽しそう。興味深い、赤ん坊がいるらしいんだ。赤ん坊?
ふふ、きょーやくんが赤ちゃんに興味もつなんておかしいや…


ぱ、と考えが浮かんだ。きょーやくんと私の赤ちゃんのこと。
きょーやくんと私の赤ちゃん、きっと可愛いに違いないよ。
なんとなくだけど、案外、きょーやくんは子煩悩な気がする。
きっと何だかんだいいながら子どもの世話やくんだ。
もし子どもが女の子だったりしたら、過保護になっちゃったりさ。
優しいあの子は、たまに家事を手伝ってくれたりしてね。
ああ、とても楽しそう。 きょーやくんの赤ちゃん欲しいな  



          「ふふ、きょーやくん、弟だけどね」



静まり帰った私の部屋に、その声は案外響いた。
私の鼓膜に張り付いたその私の声は、心臓を締め上げ、私を暗く重い空間に閉じ込めた。
まだ、昼なのに、身体がとても寒かった。
きょーやくんがもしわたしがひと殺しだと知ったらどうするかなぁ
私は死んだ方がいいかもしれない。


完全に鬱だった。


私が幸せになる日はくるのだろうか





















ガチャン

バイクを倒れないよう立てると、僕は静かに振り向いた。

いつも静かに、厳かに、佇むこの家に何年も住んでいるはずなのに今だ僕はどこかぎことなさを感じる。

カラカラカラ、裏口の戸を開け中に入った僕を見つけたのは何年もここで働いている野中さんだ。

窓からもれる夕暮れの光に照らされながら野中さんは、廊下をぞうきんでふいている。

30後半で、若い頃は綺麗な女性だったのだろう。どこか雰囲気のある人だった。 僕に向かって静かに挨拶をする。

少し口角をあげると柔らかい皺ができるのだが、僕はそれを見て、感じていたぎこちなさが消えていくのを感じた。



さんはお帰りになってますよ、お部屋にいらっしゃるかと…。
  今日は天気もいいですし晩ご飯は庭に面したあのお部屋にご用意いたしましょうか?」



こくり、と僕は頷くとさっと通り過ぎて自分の部屋に向かった。

渡り廊下を歩く。夕日がまぶしかった。

僕の後ろには長くて濃い陰がまっすぐのびている。

庭にはいつ手入れしているんだか、いつも整った盆栽がいくつもある。 忙しい父の数少ない趣味だ。

池で鯉か何かがはねる音がした。



ふと前を見ると、いつかのように――僕はそのいつかをはっきりと思い出せなかったが―――姉さんの

庭に裸足の足をつけ、縁淵に腰掛けていた。

真っ白い、セーラーの生地がオレンジ色だ。髪がしめっていて少しお花の香りがする。たぶんお風呂に入ったんだろう。

軽く頭をもたげ、足をゆるくぶらぶらさせている。 僕がすでに家に帰っているということを、この姉が気づかないはずがないのだ。

姉さんの様子がおかしいとすぐに分かったけれど、そこで僕はどうすればいいのか、分からない。

少し緊張した。けれどそこに不快なぎこちなさはない。

姉さんが今、どんな表情をしているのか分からなくて、胃から這い出てくるような不安を感じた。

何か、僕の知らないとこで知らないことが起きている。

僕はそれを知ってはいけない、けれど知りたい…知ってもいいのだろうか?という不安だった。


「おかえり、きょーや君」


静かに、姉さんが言う。

僕は、あまり喋らない質なので、あまり返事もしない。

たまにするけれど、いまここでそのたまに返す挨拶をしてもいいものか判断ができない。

声の様子からして相当、元気がないようだった。

姉さんの がこうなるのは今日が初めてではない。過去にも二三度あった。

いつもいつも僕は後ろ姿を見ていた気がする。そしていつのまにかまた元の に戻っているのだ。

僕が姉さんをじっと見ていると、姉さんはすっと右手をあげ何かを数えるように親指の方からゆっくり折り曲げていった。

それと同時に廊下を渡って畳の部屋までのびた陰の指もゆっくり折り曲がる。


「いーち、にぃ…さん…よん…」


「よん?…ふふ」


「どうだったかしら?しっかり覚えているのに数は4」


「4人目は私なのかしら…」


「ねぇ、きょーや君、この数字何だと思う?」


「いーち、にぃ…さん…よん…」       








              「これね、人を殺した数なのよ 」










一瞬


そう聞こえた気がした。



姉さんは何も言ってないのに、脳に響くようにしみ込む音。

夕日がやけに赤い。
陰が遠い。
家はとても静かで、さっき僕が会った野中さんは幻だろうか。
幻はその姉さんの声


ピタン、と水が跳ねる音が聞こえハッとした僕の目に移ったのは姉さんのいつもの笑顔だった。


「ねぇきょーやくん、私のこと好きか嫌いかで言ったらどっち?」

「なんで」

「知りたいじゃん!ね、どっち?」

「別にどっちでもいいじゃない」

「やだよ!え、なに、きょーや君私のこと嫌いなの?嫌いなのーっ??」

「嫌いではないよ」

「じゃあ好き?」

「…」

「言ってよ」

「…」

「言って」

「…」

「お願いだから  言って 」



「何年も一緒に住んでいるいる兄弟を嫌うわけないじゃないか」

「ずっと?」

「そうだね」

「私は嫌われることはないのね」

「嫌われたかったの」

「少し」






「…そう。姉さんがそれで幸せだというのなら、いいけれど」

「…私の幸せ…」


「…」

「私の幸せはきょーやくんだわ」

「なぜ」

「きょーやくんの幸せが、私の幸せだわ」

「僕の幸せ、は、」

「そうだ、だからわたしは、頑張れる」


「姉さん?」


「あなたの幸せが私のためなの」


「…」


「ねぇきょーやくん、幸せ?」




姉がまっすぐこちらをみる。僕はあなたのその目をみてハっと…

そうだね、あなたが望むなら言ってあげよう なぜなら僕の幸せはあなたの




「幸せだよ、姉さんがいるからね」
































夜、ふと目が覚めた。




水底に横たわっていた身体がすうと水上に現れるように私の意識は覚醒した。

ただ静かな暗闇があり、私はその闇のなかに私以外の気配を感じ、そっと横に目を向けた。

ベッドの横には、二人の小さい兄弟が仲良く遊んでいたのだ。

小さなボールを持って、顔はよく見えないけれど私はその子たちが誰だかすぐに分かった。

笑い声が闇の中からクスクス聞こえる。

この子たちは、この子たちの親は、私が。

昼間感じた、あの罪悪感はもう湧いてこずただそこにあるのは第三者による眼差しだ。

私の心はもう凍ってしまったのだろうか。いや、違う。そうではないのだ。



子ども達がクスクス笑う。

私はこの家庭を壊した。




「ごめんね…」


「わたし、あなたたちよりきょーや君が大切なの」




              きょーやくんだけなの





身体が沈んでいくのが分かった。

笑い声が遠ざかる。 気がつけば私はまた、深い深い眠りについていた。








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朝がきて、また一日が始まる。きょーや君と一緒に家を出て、見送って、たまにバイクに乗っけてもらったりして。

そしてきょーや君の学校に遊びにいく。意外と、甘いもの好きなきょーやくんとおやつを食べて笑う。

毎日楽しく過ごし、そして父のいいつけを守る。仕事をする。 人を殺す。 全部、きょーやくんのため。  



         これはエゴかしら。

                 そうね。






でも優しいあの子が言ったの。

幸せだって。


良かった。

あの子のためは私のためなの。

彼はそれで幸せだと言ったわ。



だから私は今日も人を殺します。





愛しい、弟よ。


私の心が泣かない日は、ない。



だけど私はとても幸せです。













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(07,4,11)この人はちゃんと分かってるんですね実は。