僕のすべてをあげたって構いやしない、それほど僕は を愛している
そして僕には強力なライバルがいた
その名をトキオ
僕と が出会ったのは、僕がちょうど二十歳のころ。彼女はまだ少女だった。
けれど僕は一目で彼女に恋をしたし、彼女もまんざらでもないようでいつしか念願の恋人となれた。
僕にとって は初めての恋人というわけではなかったけれど、人を愛するということを教えてくれたのはだった。
僕は初めて人を愛した。
それまでの恋人達とは、まわりの恋人達がしていたことを僕達もしていたはずなのに、向こうから離れて行ったり泣かれたりした。
今ではその理由もよく分かる。愛してるいると言葉で伝えていても、そこに意味なんてなかったのだろう。
ただ、そう言えば彼女達は機嫌が良かったし、僕もそのお蔭で身体の欲求を満たすことができた。
しかし少しずつ僕の愛し方に疑問を持ち始めた彼女達はしばらくすると皆離れていってしまった。
僕は何とも思わない。
ただ、
ああ、次の子を探さなくちゃ、面倒だなぁ。
とだけ。
を知った今ではそれは全て、愛というものを理解していない僕が招いた結果だということがよく分かった。
彼女達全員ではないだろうが僕を真剣に愛してくれた子もいただろう。
申し訳ないと想いつつも僕にはもう しかいなかった、のことしか考えられなかった。
何しろ、出会ったころの は警戒心丸出しで僕は中々近づくことができず僕は乙女宜しく随分と悩んだから。
初めて人を愛し、恋愛とはかくも難しいものかと学んだ。
は、本が好きでよく図書館に通っていた。そんな彼女だから身なりも慎ましく、派手ではないがかといって地味でもない。
寒がりな彼女はよくクリーム色のフワフワしたセーターを羽織っていた。
小柄な彼女にはそのセーターが少し大きいらしく、長い袖からいつもちょこんと可愛らしい桃色の指がのぞいていた。
僕はその指がとても愛おしく感じて触りたいのだけれどそれを我慢して、ちょこんと突き出た指を眺めているだけなんてことはしょっちゅうあるのだった。一度触れた彼女の指はとても冷たく、びっくりしたけれど、指とは逆に真っ赤になっている の顔は僕まで暖かい気持ちにしてくれた。
第三者が例えるなら、彼女は可憐な小さな花のようだと言うかもしれない。
そしてそれを聞いて皆は大人しい女の子を想像するかもしれない。僕も初めはそう思ったものだ。
ところがどうしてまぁ、なんて負けん気の強い女の子なんだろうと話せば君もきっと分かるはず。
おまけに実は頑固で、天の邪鬼で、時々素直じゃない。人見知りもする。
けれど気心しれた相手に見せる笑顔なんてひまわりのような笑顔なんだ。
気がついたら僕はいつも君に振り回されていて、どうしようもなく君を愛していることに気がついて、振り回されているのも幸福なんだ。
初めて、 と夜を共にした日、こんな僕にも喜びは確かにあるのだと、柄にもなく感動した。
細い肩は抱きしめることを戸惑わせたけれど、 が僕にぎゅっとしがみついてきてくれたので僕は何も恐がる必要はなかった。
それからというもの僕達は四六時中一緒だった。どこへ行くにも何をするにも。
何か嬉しいことがあれば、ともにほほ笑み合い、楽しいことがあればともに駆け出し、悲しいことがあれば涙をぬぐいあった。
僕達は幸せだったんだ…。
そう
トキオさえ、いなければ!!
それはある日のこと。
日差しがあたるリビングで は気持ち良さそうにうたた寝していた。僕は仕事から帰ってきたばかり。
彼女はまだ高校生で、実家暮らしなのだがよくこうして僕の家に入り浸っていた。
いっそのこと世話は全部僕がやるし一緒に住みたい所なのだが、結婚を視野に入れている僕は の両親に認めてもらうためにも
その時まで健全なお付き合いをするつもりだった。(既に一夜を共にすることは何度もあったけど)今日は土曜なのに午前中だけ学校があったのか はセーラー服を着たままだった。猫のように丸くなって寝ている。可愛いなぁ。
こんな可愛い子が僕だけの子だなんて…幸せだなぁ。僕は を見ると自分でも顔の筋肉が緩むのが分かる。
たまらなくなった僕は、 が寝ているのをいいことに、頬、おでこ、お鼻、唇と順々にキスをして遊んでいた。
くすぐったいのか時々目元が笑う。
けれど
次の一言に、僕はかつてないほどの絶望を味わうはめになったのだった。
「ん…やだ、…くすぐ…いよぅ…トキオ…」
暖かいはずなのに、身体がヒヤッとした。そして身体中を流れているはずの血液は一瞬にして流れを止め、僕の顔の筋肉も瞬時に固まった。
今の声はなんだろうと、耳だけがその機能をフル稼働してリフレインをするが、内容がうまく頭に入ってこない。トキオ…トキオ?
トキオって誰?何?名前?男の名前?
僕以外の男の名前だ。僕以外の男の名前だ、僕が知らない男の名前だ…!!!理解したとたん、僕の目は何も移さず辺りは闇に。僕のその時の心情を言葉に表すならば
絶望。
まさにこの二文字。
ただ気がついたら は起きていて僕を必死に抱き込んで慰めていた。え、僕、どんな顔してたんだろう。なんか袖が塗れている気がしないでもないけれど。
落ち着いたあと から話をじっくり聞いた。
僕同様、トキオも心から愛していること。トキオと一緒に暮らしていること。トキオが僕とはまた違った次元で大切だということ。
僕は大人のふりして分かったような顔で頷いていたけれど、正直、心臓が嫉妬でつぶされそうだった。
がトキオの話をするたんびに僕の心臓は鉛のように重くなり、闇が心を支配した。
嫉妬で狂ったフリをして を糾弾することも僕には出来たのだが、しなかった。
に嫌われるのが何よりも恐かった。とても弱くなってしまった僕だけれど、がいれば何倍でも強くなれるはずなんだ。あいつがいなければ。
トキオなんて、死ねばいいのに!
なんて何度思ったか分からない。
もしトキオが僕の目の前に現れたなら僕は間違いなく が見ていない所でかみ殺してやるだろう。
ただ、トキオが痛めつけられているのを に見られたら僕はなんて奴だ、と嫌われてしまうかもしれない。それだけは勘弁だ。
何せ僕はもう に嫌われたら生きていけない所まできているのだから。
それに、僕はいい気味だと思うのだけれど、傷ついたトキオを見て悲しむ は見たくない。
トキオをかみ殺すのならば、 に気づかれず、用意周到に殺る必要があるのだ。
僕は、その機会を伺っていた。
幸か不幸か。
僕が大人な態度で大人しく からトキオの話を聞いていたのが悪かった。
が、トキオを、なんてこと、だろう 僕のうちに…つれてきた。
この可愛い僕の恋人は、修羅場を起させる気か!が嬉しそうにトキオを僕に紹介したのは、よく晴れた日曜のお昼頃だった。
昨夜夜遅くに帰って陽が真上にのぼるころ起き出した僕は、だらしないパジャマのままだった。
髪は短くしたからかあまり寝癖はついていなかったけれど、胸のボタンが2つ3つはずれていた。
こんな姿、 にしか見せられない。もちろん、には格好いい僕しか見せたくなかったのだけれども、その気持ち同様にどの僕も受け入れて欲しいという気持ちもある。
ただタイミングが悪かった。チャイムが鳴り顔だけ洗って急いでドアを開けたはいいものの、 と一緒に入ってきたのは僕のライバル、かみ殺したい奴No.1トキオだったのだ。
髪の毛は僕と同じく黒で瞳は少し薄い。悔しいことに中々の美形でスラリとのびた手足を組んでいる様は少し嫌みだった。
トキオは、もう昼にも関わらずパジャマ姿だった僕を見るとあからさまに見下した目をして、確かに、確かに鼻で笑った。
音もなく、フッて感じで は気がつかなかっただろうけれど、僕は見たんだ。こいつ…!
どうやら向こうも僕をライバル視しているのは確かなようだった。
僕は急いで、 が好きだと言ったシャツとズボンに着替え髪もキレイに整え、万全の体勢を立て直した。トキオに、負けてたまるか。
トキオはちゃんとした僕の姿を見て、少し悔しそうに顔をゆがめたがそれは一瞬のことで、すぐにまた余裕たっぷりの顔に戻った。
そして の前をエスコートするかのように歩く。ドアも開けてあげている。
僕の仕事だ、それは!
自分の家だというのに僕が最後にリビングへ入り、ソファに座るよう を促した。
…おい。……おいコラ。トキオ。
僕は君をなるべく から遠く、そう反対側のソファへ案内したつもりだったがなぜわざわざの隣に座った?
ふざけるなよ、二人がけのソファだから君が の隣に座ったら僕の座る場所がないじゃないか!!!
僕は から見えない台所で歯ぎしりをした。いけない、少し大人気なかった。
僕はお茶を入れると 達の前に置いた。その時に至近距離でトキオを睨む。
睨み合いながら向かい側のソファに座った。どうしてくれようこの男。
「ごめんね…いきなり連れてきちゃって」
「…」
返事などできるわけがない。 もだ。僕はこんなにも彼女を愛しているのにはそうでもないのだろうか。
悲しみと憎しみが渦巻くが に対する愛情の前ではちんけなものだった。
僕は必ず の愛を全てもらう。分けることなく独り占めしたい。
僕は だけを愛しているけれど彼女は僕だけでなく家族、…そしてトキオも愛している。
僕は1人だけ、彼女は皆。だからこそ僕は に惹かれたのだろうか。時々、切なく空しい。
僕は意を決して に聞くことにした。例えが悲しむとしてもの隣だけは誰にも譲らないと決めたんだ。
「…そいつと僕、選べないわけ」
「…」
今度は が返事をしない番だった。眉を頼りなさそうに寄せているこの表情は困っている顔だ。
少し目が潤んでいるのが分かった。
余裕な顔して窓の外を眺めていたトキオはそんな に気がつくと僕を睨んだ。
まるで が悲しむことはないと言うように手をの手に重ね顔をのぞき込む。
「トキオは…私にとって家族と同じくらい大切な存在なの…」
「ごめんね恭弥、今まで黙ってて」
「でも私、恭弥と同じくらいトキオが大切なの…だから…」
の瞳からは涙が溢れそうになっていた。
きっと今の僕は に対して草食動物に対するように冷たく恐い顔をしているのだろう。
けれど泣きたいのは……僕の方だよ
僕は決して怒っているんじゃない。ただ、ただ悲しいだけなんだ。
どうして、僕を選ぶと言ってくれないの
それがどれだけ僕を傷つけているのか優しい君は気づかないの
どうして
どうして
「…だから」
の瞳からポロっと涙が一粒こぼれた
どうして 僕は の涙にこんなに弱いのだろう
「嘘だ」
「嘘だよ、 トキオと仲良くやるさ」
が顔をあげるのが分かった。
僕は自分の心を隠して僕ができる最高の笑顔を に向けた。
「が大切にしているものは全て、僕も大事にするよ」
それは確かに、本心でもあった。心を込めて言える。
少したってから は安心したように、柔らかく微笑んだ。
恭弥、ありがとう
の笑顔。
結局のところどれだけ僕が悲しくなっても沈んでも僕の心はげんきんなことにそれだけで晴れるのだった。
「あ、もうこんな時間だ、帰らなきゃ…」
夕焼けを移す空を窓から見上げて、 は帰り支度を始めた。
あれから僕達はトキオを含めて一緒に遊んだ。僕はこの数時間で大分大人になったと思う。
ふとするとうっかり僕は奴をかみ殺しそうになったのだがそれを寸でのところで押し留まり…こんなに我慢したのは初めてだった。
立ち上がって移動する を見てトキオも腰をあげた。ここは僕の家で当たり前だが とトキオは二人で帰る。
それがこんなにも羨ましい。
早く の帰る場所が僕の家になればいいのに、と思いながら を見送るため僕も腰を上げた。
は既に玄関の方で靴をはき始めていて、ちょうどトキオと僕が廊下を歩いていたのだけれど、これが最後のチャンスだと思った。
僕はありったけの怒りと恨みを込めて、 に聞こえないようこっそりとトキオに囁いた。
「もう来るなよトキオ」
はお前のじゃない、僕のなんだから
トキオは睨むように僕を見て、本日初めて声を出した。
「 にゃあ 」
(猫に焼きもちやいてんじゃねーよ ばか)
2009.04.02