うだるような暑さだ。


 

 

 





空は青く、陰は色濃くうつる道を見れば、遠くに逃げ水を見つけた。
汗がポタリ、ポタリ、と静かに落ちて行く。
僕は熱いのは苦手だ。 だけど、ときおり吹く風が気持ちよくてこうゆう日は、悪くないと思う。
今日は学校が午前で終わったから、校舎からいつもの騒がしい声は聞こえなか った。
校庭は一人もいない。真っ白い大地がゆらめいていた。 雲が青い空を流れていく。
僕の耳には、いつもと違う音が聞こえた。
校庭のまわりに生えている、木々のざわめき、そしてたくさんの蝉の音。
時折、飛行機や風の音も聞こえたけれど、どれもこの熱さと空の青の濃さにかき消されたのか
僕の頭まで中々音は入ってこない。
ただ汗がまた一つ、静かにポタリと落ちて地面にシミを作ったことだけがよく理解できた。

、ね。 小さいころ家の近くにあった公園でよく遊んだんだよ」

同級生の が、僕の隣でぽつりと言った。
今僕たちは校庭のすみに立っ て 目の先にある茂みを眺めている。
近くにはこの学校のシンボルでもある大きな 木もあって。僕たちにふりかかる葉っぱの陰がゆれていた。
僕はひたすら押し 黙っていた。話すこともないし。 は、独り言を続ける。

「その日もね、いつものように公園に行ったの。 、小さかったから、ブランコも滑り台もすごく大きく見えた。 砂場なんて笑っちゃうけど、小さな砂漠みたいだったよ。そこの砂場でトンネ ルとか小さな川とか作るのが楽しかった。遊んでるとね、砂の中からシャベルが出てきたり、小さいおもちゃが出てきたりするの。それもすごい面 白かった なぁ。宝探しみたいで。砂場にはさ、小さい山がいっぱいあるでしょ?でもその日、砂場のはじっこになんとなくすごい気になる小山があったの。なんでかその場所がすごい気になって気になって、どうでもいいことなのに掘り返してみたの。何があると思ったんだろうね。出てきたのは、カブト虫の死骸だった。」

が白い校庭を見る。僕もついで、見てみたけれど何もなかった。

「…小山の近くに棒も倒れてて、そこは虫のお墓だったんだぁ。 気がつかなかったよ。でも普通 、気がつかないよね。ただその場所が気になって。でも私、カブト虫の死骸見てもどう思わなかったんだよ。 むしろ、おかしなことに、ああ、やっぱりね、みたいな感じ。なんか分かってたんだよね。何か見つけち ゃうって。 それが死骸だって頭のすみっこは分かってたみたい。不思議といえ ば不思議だよね。 さぁ、そうゆう感じ?感覚っていうの? 、雲雀くんみたいに頭よくないからわかんないんだけど、今ね、そのカブト虫を見つける前の私になってる」

そう言って、 はゆらゆらゆれた。僕にはその感覚が分からないからなんてつまらない話だろうと思った。
普段こんなに喋らないくせにいつもバカな話するくせに今日の は違う。
でも今日は暑いし、それで もおかしくなってるのかもしれない。
いつもバカな話する の内側から、この子はやってきたのだろうと思う。
僕はとりあえず前に歩いた。ますます日陰に入り、その場所はひんやりしていた。
ふりかえると、 は日向に近い、木の陰の中にいて、白いまぶしい校庭を背景にたたずんでいる。
僕は視線を前にもどす。目の前に、葉っぱや棒がいっぱい積もって小山になってるとこがあった。
たくさん隙間がある。
僕はこの中に何があるか分かってしまった。
ときおり、汚れたような白い、とにかく、それが見えた。
蠅がぶぅん、ぶぅんと飛ぶ音がする。
一番上にある棒をどかしたら、そこから出てきたのは、ウサギの耳だった。
風が吹いて、葉っぱが落ちてく。ところどころ赤くそまった白い兎の死体が、出てきた。
いつのまにか、すぐ後ろに もきてその兎をじっと見る。

「こないだ、兎がいないって皆騒いでいたね」

が言った。

「うん」

僕は相づちを打つ。僕たちは同じことを考えていたと思う。
ついこの間まで、そう、皆騒いでいた 。教師達も。
いなくなる日の直前、兎の飼育係だった子達は小屋の近くで、変な人を見かけたという。
そんなわけで、その変な人が犯人で兎がいなくなったのもその変な人の犯行だと思われた。
とにかく兎はいなくなったのだと。 でも兎は静かに、ずっとこの校庭のはじにいたのだ。
誰がわざわざ、こんな木の陰に持ってきて、誰がわざわざ枝や葉っぱを被せたのだろう。
変な人はいったい、誰のことだろう。
兎はここにいる。

、昨日、校庭で皆と遊んだよ。ドッヂボールした」

が言った。

「僕も、この近くで五月蝿かった奴をかみ殺した」
「皆、校庭で遊ぶのに、いっぱい遊ぶのに、気がつかなかったね」

汗が、ぽたりと、落ちた。
暑い。
蝉の音が急に聞こえた。
今までも聞こえてきたのに頭が急に意識し始めた。ああ、蝉が鳴いてる。
をみると全然、汗をかいていない。でも だから、そう不思議にも思わなかった。
僕は、手の甲で額をぬぐった。
兎は、黒くにごった目を開けて、校庭を見ている。
だけど、この存在に気がつく者はなく、皆笑って校庭で遊んでいた。
こんな近くに死体があるのに、僕たちは気がつかない。笑って、あるいは何も考えずに通 り過ぎる。
不思議に感じたが、もしかするとそれは当たり前のことなのかもしれない。
あの茂みの中に死体があるかもしれない。誰も使わない、教室にだって、死体があるかもしれない。
でも僕たちは気がつかない。
眠っているものたちはただ、静かに僕たちを見つめている。

「ちょっと怖い」
「うん」

どっちが僕が言った言葉だろう。暑さでよく分からなくなっていた。

「不思議だね」
「うん」  

その日、 僕たちは珍しく手をつないで家に帰った。





夏、青い空



(070201)